四季おりおりⅡ

季節の移ろいの写真を気の向くままに載せています。

カワセミ

今日は久し振りに快晴の上天気となりました。しかし、昼過ぎからは曇ってきましたが。
カワセミの出は相変わらずですが、今日はなぜかオス、メス2羽の絡みが多くありましたので、そちらでまとめてみます。積極的なメスと逃げ回るオスの絡みが毎日繰り返されています。しかし、男女の仲は分からないもので、離れているとオスもメスの所にやってきます。どうなっているのでしょうか。


いつものようにオスが留まっている止まり木にメスがやってきました。オスはすぐに逃げて行きます。

カワセミ


長い休憩後メスが餌取りを始めたところにオスがやってきました。オスはその前に大きな魚を捕ったところです。
メスの魚捕りの邪魔をするかのように。メスは怒っています。
オスは近くの枝に移りました。

カワセミ


そこへ今度はメスが小さな魚を捕った後、オスの所にやってきました。すぐにオスは逃げて行きましたが。

カワセミ


しばらくして、オスの所にまたメスがやってきました。メスが何か叫んでいます。しかし、オスはまた逃げて行きます。

カワセミ


オスが逃げて留まっていた止まり木に、メスが近くで魚を捕ってやってきました。オスに見せびらかしているようです。

カワセミ


メスは魚を食べた後、オスの所ににじり寄っていきます。何か叫んでいます。またオスは逃げて行きました。

カワセミ


オスが逃げて留まっていたところにまたメスが叫びながらやってきました。

カワセミ


オスはヒラリと見をかわして逃げて行きます。

カワセミ


オスが逃げた止まり木にまたメスがやってきます。オスが近くに逃げるだけですので、メスはそれを追いかけます。

カワセミ


オスはまた逃げて下流に飛んで行ってしまい、二羽の絡みは終わりました。
何か叫ぶメス。

カワセミ
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  1. 2010/11/30(火) 21:13:01|
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カワセミ

久し振りにカワセミです。
まだまだ出はよくありません。魚の餌捕り場所も変わってきており、数少ない餌捕りシーンはカメラのAFが利かずに逃してしまうことが多く、なかなか魚捕りのシーンが撮れません。

カワセミ


カワセミ


魚をくわえて飛んで行きます

カワセミ


最近は比較的大きな魚を捕ります

カワセミ


オスが餌捕りをしている時にメスがやってきました。オスは逃げていて、そこで大きな魚を捕りました。直ぐに追いかけたが間に合わなかった。

カワセミ
  1. 2010/11/29(月) 21:27:19|
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宇治の紅葉

京都は紅葉が真っ盛りのようで、観光客も沢山訪れています。テレビでも各局で京都の紅葉特集を行っています。あまり宣伝して欲しくないと常々思っているのですが。人が増えるばかりで、何のメリットもありません。
あまり人が多い所は苦手で敬遠しています。

宇治の紅葉を見に行ってきました。こちらはまだ少し早いようで、真っ赤な紅葉は少ない。
宇治の紅葉の名所興聖寺もまだ緑の葉がかなり残っています。それにしても、今年の紅葉は少し汚いようです。昼と夜の寒暖の差が少なかったためではないでしょうか。

【興聖寺の紅葉】
まだまだ赤くなっていません。

宇治


琴坂もまだ緑がいっぱい

宇治


赤さが足りない紅葉です

宇治


ここは絵になるところなのですが

宇治


【宇治川の紅葉】
まだ緑がいっぱい

宇治


少しは赤くなっているところを探しました

宇治


  1. 2010/11/28(日) 19:58:31|
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イタリア紀行

【第11日目(11月13日)】
ミラノ空港からイタリアともお別れです。KLM航空でアムステルダムに飛び。アムステルダムから関空に帰国です。
ミラノ空港を飛び立つ時は曇り空で今日はアルプスの山々は見えないだろうと諦めていました。しかし、アルプス上空に差し掛かったころから雲は晴れ、上空から雪で覆われたアルプスの山々を眺めることができました。そしてマッターホルンまで見ることができました。飛行機のどちら側で見えるかもわからず、たまたま左の窓際に座れました。そちら側でマッターホルンが見えるとは全くの幸運としか言いようがありません。ツアーの仲間の人たちでもマッターホルンと気付いた人は少なかったのではないでしょうか。
最後の最後まで天候に恵まれ、イタリアツアーを締めくくることができました。

<ミラノ空港>
いよいよイタリアともお別れです。  ”アリヴェデルチ イタリア!!”
 
イタリア


<アルプス>
アルプスの雪の山々が眼下に

イタリア イタリア



『マッターホルン』です。左下の谷がツェマット、その先にゴルナグラードがあるのでしょうか。右はマッターホルンのアップです

イタリア イタリア


アイガー方面は飛行機のどちら側に見えるかよく分かりません。しかし、この下に見えているのがそうかもしれません。特徴がないのでよく分かりませんが。

イタリア

ワインを飲みながらしばしアルプスの遊覧飛行でした。

イタリア


<アムステルダム国際空港>
アムステルダム スキポール空港に到着です。

イタリア


空港内ではクリスマスの飾りつけがされていました。
昔、11月初めにイギリスに行った時は、街中はクリスマスの飾りできれいでした。イタリアもと期待していたのですが全く飾りが見当たりません。イタリアではあまりクリスマスの飾りはしないようです。

イタリア  イタリア

イタリア  イタリア


<関西国際空港>
無事に関空に到着です。荷物も無事に到着。入国審査も「自動認証」を登録していたので、待つこともなくスムースに通過です。長蛇の列に並んでる皆さんお先に!

イタリア


イタリア紀行を見ていただき有難うございました。

いずれ、ホームページでアップする予定にしていますがいつになることやら。
もしよろしければ、また見てやって下さい。

掲載ホームページ
「山と花の写真館」
http://yt-forest.web.infoseek.co.jp
  1. 2010/11/27(土) 20:25:36|
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イタリア紀行

【第10日目(11月12日)】
今日はヴェネツィアからイタリア最後の地ミラノまで約270km、3時間30分の移動です。
そして、ミラノ市内観光、最後に本イタリア旅行の最大の目標でしたレオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』の鑑賞です。出発前に『最後の晩餐』が見られると聞かされて、小躍りして喜びました。

ミラノに近づくと雪山が望まれ出しました。スイスのアルプスのようです。イタリアもかなり北に来たのでしょう。

イタリア


【ミラノ】
イタリア第2の都市ミラノは、国際的ファッション・経済の中心地です。
そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』やオペラの殿堂『スカラ座』があることでも有名です。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会は14番目の世界遺産です。

ミラノに到着してまず市内観光に

<スフォルツェスコ城>
ミラノ最大のルネッサンス建造物。14世紀に権勢をふるったヴィスコンティ家の居城を、15世紀半ばにスフォルツァ家が改築したものです。今は市立美術館があります。

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ミラノはファッションの街ですが、ツアーで観光したところではそのような情景はあまり見られませんでした。やはり、ファッションのメインストリート(モンテナポレオーネ通り)に行かねばならないのでしょう。
街角にアルマーニの広告が。専属の広告場所のようです。

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<スカラ座>
世界で有数のオペラ座です。
1778年に完成した、ネオ・クラシック様式のオペラ劇場。プッチーニ、ヴェルディ、ロッシーニなどの偉大な作曲家、トスカニーニ、セラフィンなどの指揮者、ディバルディ、カラスといったスター歌手によって黄金期を築いた。
スカラ座のオペラを見たかったのですが、終演が夜の10時過ぎとか、夜道が危なくて帰る手段が分からず(タクシー乗り場までも危ないと言われましたので)断念しました。できれば中だけでも見たかったのですが、それも時間がなく行くことができませんでした。

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その前のスカラ広場にあるレオナルド・ダ・ヴィンチ像

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<ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世>

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ここにもブランド品の店が並んでいました

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<ドゥオーモ>
ガレリアを抜けると真っ白なドゥオーモが眼前に迫ってきます。最近洗浄修復されたばかりとか。
イタリアのゴシック建築を代表する最高傑作と讃えられています。着工は1386年、ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの命により建築が始まるが、完成までおよそ500年もの歳月を費やした。
規模は教会建築としてはローマのサン・ピエトロ大聖堂に次ぐものだそうです。

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教会内部

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ステンドグラスも巨大で豪華です。旧約聖書、新約聖書、黙示録が描かれています。キリスト生誕の絵物語がありました。

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ドゥオーモの屋上に上りました。
中央は黄金のマリア

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黄金のマリアのアップ

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沢山の尖塔で飾られています。全部で135本あるそうです。

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<レオナルド・ダ・ヴィンチ 『最後の晩餐』>
サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会の修道院の食堂の壁に描かれています。

今回のイタリアツアーの最大の目標でした。この絵を見るために、観光シーズンを外してやってきました。
もくろみ通り、観光客は少なくなっているようで、入ることができました。ここは完全予約制で、最近は観光客が多くなかなか入れないようになっているとかで、観光シーズンでは入れない可能性が強いとかでした。1回25人定員で15分間の完全入れ替えです。我々の一行は32名でしたので、最初25名が入ることができ、1時間後に残りの7名が入れました。

感動の『最後の晩餐』でした。15分間、時間もたっぷりありましたので、隅々までじっくりと鑑賞することができました。


サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会

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サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会のフォサード
ゴシック様式です

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教会内部

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『最後の晩餐』とそのチケット

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<ミラノの昼食>
昼食はリゾットでした

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<ミラノの夕食>
イタリアでの本当の”最後の晩餐”となりました。
ミラノ風カツレツです。 無事イタリア旅行が終了して、ワインで乾杯!!

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  1. 2010/11/26(金) 21:09:19|
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イタリア紀行

【第9日目(11月11日)】
フィレンツェからヴェネツィアへ約248km、3時間30分の移動です。ヴェネツィア本島への大橋を渡り、バスの駐車場トロンケットからボートでヴェネツィアの中心へ渡ります。そして、今日は一日ヴェネツィア観光です。ゴンドラでの遊覧もありました。

ヴェネツィアは数日前はサン・マルコ広場が水浸しとなって入れないような状態だったようです。通常でもたびたび水浸しになってしまうので足場を築いた通路が造られています。それも水没してしまっていたようです。これも大雨の影響だったのでしょうか。

【ヴェネツィア】
北イタリアの都市の住民がゲルマン民族のイタリア侵略から逃れて内海に浮かぶラグーナ(湿地帯)へ避難してくることから、452年にヴェネツィアの歴史が始まる。
中世には海洋貿易で栄え、ヴェネツィア共和国の首都として「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」などの別名をもつ。

ヴェネツィアとその潟は13番目の世界遺産です。

ヴェネツィアには豪華大型客船が沢山留まっていました。世界から観光客が訪れています。

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<水上からのヴェネツィアの眺め>
町は水面から僅かの高さで造られているようです。日本なら防波堤や防潮堤が築かれて守られているはずですがそのような対策は全くありません。

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島にあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会

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サンマルコ広場の水上からの眺め
この近くに船が着き、そこから観光がスタートです

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ヴェネツィアは運河の町です。小さな水路はゴンドラによる水上交通しかありません。

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<昼食>
昼食は名物・イカスミパスタとピザでした。

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<ゴンドラ遊覧>
昼食後、ゴンドラに乗って水路をユラユラ。のんびりとした時間でした。テレビなどでは船頭がカンツォーネなどを唄っていますが、それは特別な場合でしょう。船頭は静かでした。船頭には1ユーロのチップを。

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<ドゥカーレ宮殿>
ゴンドラ遊覧の後、サン・マルコ広場にあるドゥカーレ宮殿へ。
ヴェネツィア共和国時代に総督住居と政庁、裁判所が置かれた政治の中枢。内部の広間は16世紀後期のヴェネツィア派絵画で豪華に飾られている。

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正面入り口

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入り口からの黄金の階段
(宮殿内は撮影禁止ですが、この階段だけは撮影できました)

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<サン・マルコ寺院>
829年アレキsンドリアから持ち帰った聖マルコの聖遺骸を祭るために建立された。現在の建物は11世紀に再建されたもの。(ここも内部は撮影禁止でした)

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サン・マルコ寺院の入り口はまだ水浸しでした。数日前までは入れないほどの水だったようです。

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<大鐘楼>
寺院前に立つ96mの高さの大鐘楼はかって監視塔、灯台の役目を担っていた。
エレベーターで屋上に。ヴェネツィア市内が一望できます。

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ドゥカーレ宮殿方面

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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の島

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夕日がきれいでした

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<サン・マルコ広場の夜景>

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<サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の夜景>

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<夕食>
夕食はシーフード・フリッター

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デザートはティラミス

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  1. 2010/11/25(木) 22:01:21|
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イタリア紀行

【第8日目(11月10日)午後】
午後はフィレンツェの市内観光とウッフィッツィ美術館の鑑賞です。
フィレンツェ歴史地区は第12番目の世界遺産です。

【フィレンツェ】
紀元前10年にエトルリア人が隣町フィエーゾレに造った集落を、ローマ人が”花の女神”を意味するフロレンティアと命名したのが町の起源。ちなみに市の紋章は百合の花です。
14世紀ごろには毛織物業を中心とする製造業と金融業で莫大な富を蓄積し、フィレンツェはトスカーナの中心都市となり、最終的にはトスカーナの大部分を支配したフィレンツェ共和国の首都になった。その後、金融業のメディチ家が支配者となり、学問・芸術を保護したため、建築、絵画、彫刻におけるルネサンス芸術は、15世紀をとおして大きく開花し、サンドロ・ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどの巨匠が活躍するルネサンス文化の中心地となって学問・芸術の大輪の花が開いた。
第二次世界大戦中、フィレンツェの記念建築物の大部分は被害をまぬがれ、現在の歴史遺産となっている。

<ミケランジェロ広場>
アルノ川の南岸の小高い丘の上にある広場で、広場の中央にミケランジェロのダヴィデ像の記念碑が立つことからこう呼ばれています。フィレンツェの市内を一望できます。

ミケランジェロのダヴィデ像のレプリカ

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フィレンツェの市街が一望できます

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ヴェッキオ宮殿、ウッフィッツィ美術館、ヴェッキオ橋の方面を望む

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ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)の遠望

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<ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)>
1436年の建築。ドゥオーモの名前はサンタ・マリア・デル・フィオーレで”花の聖母マリア”という意味。
キリスト教・カトリックの教会でフィレンツェの大司教座聖堂であり、ドゥオーモ(大聖堂)、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼の三つの建築物で構成される。


左から洗礼堂、大聖堂、鐘楼

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大聖堂の正面

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大聖堂の側面とドーム

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鐘楼

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大聖堂の内部

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大聖堂天蓋の『最後の審判』      ステンドグラス        
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洗礼堂の扉の彫刻『天国の門』
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<シニョーリア広場>
ヴェッキオ宮殿

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  宮殿入口のダヴィデ像          ネプチューンの噴水

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<ウッフィッツィ美術館>
メディチ家の膨大な美術収集品を展示

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ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』          『春』

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レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』

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ラファエロの『ヒワの聖母』               『自画像』

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美術館内は撮影禁止で、唯一廊下からヴェッキオ橋のみ撮影できます

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<フィレンツェの昼食>
昼食はラザニアです  ビールは地ビール

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<フィレンツェの夕食>
夕食はトスカーナ風ステーキです

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ワインはトスカーナ産の有名ワイン ”キャンティ”  ボトルの口のラベルが目印

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  1. 2010/11/24(水) 21:26:51|
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イタリア紀行

【第8日目(11月10日)】
今日は午前中斜塔で名高いピサの観光、午後はフィレンツェに戻って市内観光およびウッフィッツィ美術館の観光です。

【ピサ】
ピサのドゥオーモ広場は11番目の世界遺産です。
ピサの町は10世紀からの東方貿易で潤い、ヴェネツィアやジェノヴァと地中海の覇権を争うほどの海洋国家として繁栄しました。しかし13世紀にはその勢力を失いました。そして、ドゥオーモ広場には斜塔やドゥオーモなどロマネスク様式の建造物が残っています。

フィレンツェのホテルを出たころは雨も上がっていたようでしたが、ピサに着いたころから強い雨となりました。稲妻は走るし、5mm大の雹まで降ってきました。ピサ観光の途中まで強い雨が降りましたが、その後は天気も回復していきました。

この頃、イタリアでは豪雨があったようでテレビでは水害の放映が度々されていました。地名が分からないので、テレビを見ていてもどのあたりか全くわかりませんでしたが。
聞く話によると、我々がナポリにいるころ、ミラノなどの北部は豪雨になっていたようです。ヴェネツィアも広場は水没して入れなかったようです。イタリアの天気はどちらに動いていくのかよく分かりませんが、その後南部が雨となって行ったようで、我々は雨雲とローマ、ピサ付近で行き違ったようです。もし、北から観光が始まっていたらずっと雨と共に移動していたかも知れません。というのは日本からの多くのツアーは北から南に移動しますので。

<斜塔>
ピサといえば斜塔といわれるほどに有名な塔です。
この塔はドゥオーモの鐘楼として1173年に建設が始まり、1350年に完成しました。塔は建設当初から傾き始め、途中から傾きを修正するように階は重ねられており、面白い格好となっています。回教美術の影響を強く受けたピサ ロマネスク様式の傑作の一つです。
この傾きを利用してカリレオ・ガリレイが16世紀に物体落下の実験を繰り返したことで有名です。

イタリア


斜塔の内部見学は完全予約制となっています。初めは入るつもりはなかったのですが、この雨では下で写真を撮ることもできず、それならと斜塔に上がりました。この時期は、観光シーズンから外れており、ましてこの雨では観光客も少なく、直前の申し込みですぐに入ることができました。ただ斜塔にはバックは持ち込むことはできず、カメラと傘のみの持ち込みが許されます。発券所の横で荷物を預けます。
上からの眺めは格別です。街中も一望できます。


斜塔の上からドゥオーモを見下ろす

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ピサの町

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斜塔屋上の鐘

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らせん階段 下部と最上部

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斜塔への入場券

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<ドゥオーモ>
1063年にドゥオーモの建設は始まりました。13戦記に完成したファサードはピサ ロマネスク様式の最高傑作と言われています。

ドゥオーモと斜塔

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ドゥオーモ正面

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内部も素晴らしいい装飾です

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<洗礼堂>
洗礼堂はドゥオーモの前にあります。この内部の音響効果は素晴らしいとか。

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最後に定番のポーズで

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  1. 2010/11/23(火) 22:03:28|
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イタリア紀行

【第7日目(11月9日)】
ローマからシエナへ約230km(3時間)の移動です。そしてシエナ観光の後、サンジミニャーノへ移動し『美しき塔の町』の観光を行った後、フィレンツェに移動です。

朝起きると美しい虹が出ていました。これで今日は晴れてくるのかなと期待したのですが。
この辺りは山の上に町が広がっています。ペストの流行を逃れて高い所に町を造ったそうです。

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シエナへの車窓からの黄葉はきれいですが、雨が降り出しました。

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【シエナ】
シエナ歴史地区 第9番目の世界遺産です。シエナに着くころは雨も上がりいい天気となりました。
11世紀中ごろから金融業、商業を地盤に都市国家としての繁栄を極めました。隣接するフィレンツェに対抗する歴史の中で独自の文化を培いました。町には中世の面影がそのまま残り、石造りの町並み、華麗なドゥオーモ、貝殻の形をした『世界一美しい』と言われているカンポ広場があります。
シエナの町は城壁に囲まれています。帰りに城壁のレンガが数枚落下したとかで警察が来ていました。

<歴史地区の遠望>
左:サン・ドメニコ教会  右後方:ドゥオーモ

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ドゥオーモ遠望

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<聖カテリーナの生家>
シエナの守護聖人・聖カテリーナの生家があります。

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<石畳の路地>
坂道で石畳の狭い道が続きます。車は大変でしょう。

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<昼食>
昼食は中華料理でした。久し振りにイタリア料理から離れました。そのためかおいしかった。
さすが中華料理は種類、量ともにボリュームがあります。ビールは地ビールで。

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<ドゥオーモ>
昼食後、ドゥオーモへ。13世紀ごろから建造された、ロマネスク様式とゴシック様式が見事に調和した美しく、華麗な建物です。

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内部

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天井の絵画も豪華です

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ステンドグラス       ドームの天井

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<カンポ広場>
正面にはマンジャの塔とププリコ宮殿があります。

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夏の伝統行事 「パリオ祭り」が開かれる広場です。

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「パリオ祭り」にはこのように沢山の人が集まり、広場の外周を走る競馬に熱中します。
右は上空からのカンポ広場

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【サンジミニャーノ】
サンジミニャーノ歴史地区 第10番目の世界遺産です。
急に雨が降り出し傘をさしての観光となりました。

「美しき塔の町」として有名です。13~14世紀にかけて商業・貿易で栄えたこの地では、富と権力の象徴として塔が建てられ、最盛期には72本の塔が立っていたそうです。今は14本のみとなっています。

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<チステルナ広場>
13世紀に造られた貯水槽、チステルナが広場の中央に残ることからそう呼ばれています。

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<コッレジャータ>
ドゥオーモ広場に立つ、12世紀のロマネスク様式の教会
中のフレスコ画は鮮明な色が残り、きれいでした。写真は禁止で写せませんでした。

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【フィレンツェで夕食】
サンジミニャーノ観光後、途中、革製品製造販売の店に立ち寄っ後、フィrンツェへ。
ホテルでの夕食。ご飯も、スープもボリュームたっぷりです。

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  1. 2010/11/22(月) 23:18:22|
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イタリア紀行

【第6日目(11月8日)午後】
午後はローマ市内観光です。ローマ歴史地区8番目の世界遺産です。

<フォロ・ロマーノ>(バスの車窓からのみの観光です)
フォロとは公共広場のこと。ここは古代ローマの政治、経済、文化の中心地でした。

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元老院(クーリア)
倉庫のようなレンガ造りの手前の建物です。共和制時代の最高政治機関。最初の元老院が焼失後、カエサルが再建、紀元前29年アウグストゥスが完成。フォロ・ロマーノで最も完全な形で残る建物です。

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<コロッセオ>(バスの車窓からのみの観光です)
紀元80年ごろに完成した円形競技場。猛獣と剣闘士あるいは剣闘士同士の戦いが行われていました。円周527m、高さ約50m、楕円形の長径188m、短径156mと巨大な建造物です。立見席を合わせると7万3000人を収容できたとか。

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夜間照明されています。

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<コンスタンティヌスの凱旋門>(バスの車窓からのみの観光です)
コロッセオの近くにあります。
コンスタンティヌス帝がマクセンティウス帝に勝利したことを記念して315年に造られた。

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<ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂>(バスの車窓からのみの観光です)
フォロ・ロマーノの近くにある白い大理石の建造物です。1870年のイタリア統一をたたえ、1885年から25年をかけてネオ・クラシック様式で建設。

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夜景

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<トレヴィの泉>
18世紀ニコラ・サルヴィにより完成したバロック様式のダイナミックな噴水。
コインを一つ投げ込むとまたローマに来られるとか。

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すぐそばにあるアイスクリーム屋のアイスがおいしいと、多くの人でにぎわっていた。

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<スペイン広場>
オードリー・ヘプバーン主演の映画『ローマの休日』でおなじみの広場。17世紀に広場前にスペイン大使館が建てられたことに由来する。そこのスペイン階段で主人公ヘプバーンと同じようにアイスクリームを食べるのがおなじみでしたが、最近ここでの飲食は禁止されました。
階段の上にそびえ立つのはトリニタ・ディ・モンティ教会で階段は正式にはトリニタ・ディ・モンティ教会の階段といいます。

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夕景
夜も多くの人で賑わっていました。

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<ポポロ広場>
広場の中央にはアウグストゥスがエジプトから持ち帰った紀元前13世紀のオベリスクが立つ。

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コルソ通りをはさんで立つサンタ・マリア・ディ・ミラコーリ教会(右)とサンタ・マリア・ディ・モンテサント教会(左)はバロック様式の建築で、双子教会と呼ばれています。

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<ローマ市内>
いたるところで落書きがすごい。

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夕方鳥の大群が乱舞していました。自由に変化する幾何学的な図形のようで、きれいでした。

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<昼食>
ベンネアラビアータと肉料理、デザートの果物は山盛りで自分で皮をむいて食べるという横着な出し方

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<夕食>
夕食はカンツォーネディナー
同じようなパスタと鶏肉のシチュウ、野菜は切ったままの盛り付け。アイスクリームはおいしかった。

italy-roma1011083640.jpg イタリア

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カンツォーネを聞きながらの夕食です。結構正式な歌手でした

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  1. 2010/11/21(日) 21:36:08|
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イタリア紀行

【第6日目(11月8日)】
今日はヴァチカン市国 サン・ピエトロ大聖堂とシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの描いた天井画「最後の審判」の見学とローマ市内観光です。

【ヴァチカン市国】
世界最小の独立国で、カトリック教の総本山です。
イタリアでの7番目の世界遺産となります。

<ヴァチカン博物館とシスティーナ礼拝堂>
まずヴァチカン博物館へ向かいます。週初めの月曜日とあってローマ市内は大渋滞、おまけに交通事故があったようで到着は大幅に遅れました。天気も初めての雨となりました。

博物館の入り口はものすごい人の列です。我々は団体予約が入っていたので並ぶことはありませんでしたが、普通に入ろうとすると何時間かかることでしょう。

ヴァチカン博物館の入り口の、ミケランジェロ(左)とラファエロ(右)の像

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今回はヴァチカン博物館の絵画は見ることなく、通路の天井画やタペストリーを見るだけでシスチーナ礼拝堂へ。
少なくとも、入り口近くの”ピオ・クレメンティーノ美術館”の「ラオコーン」とヴァチカン博物館の「ラファエロの間」だけは見たかったのですが、残念です。下記する無駄な時間をそちらに回せば見られたはずですが。

それにしても、今回の日本人の現地ガイドのひどかったことは憤りを覚えました。博物館に入った所で「最後の審判」の写真を見ながら説明するのですが、30分以上くだらない話ばかりしているのでみんなうんざり。後から入って来たグループは次々とさっさと説明を終え博物館の中に入っていきます。雑談ばかりで、絵の話はさしてなく、この人絵は知っているのかと疑問に思うばかりでした。そして肝心の「最後の審判」の絵の所は5分もない状態でした。折角、双眼鏡まで持って行ってじっくり鑑賞したかったのにほとんど見ることができませんでした。旅行代金の一部を弁償して欲しいほどです。

シスチーナ礼拝堂内は撮影禁止ですので「最後の審判」のポスターです。
時間は短かったがキリスト、マリア、ミケランジェロの抜け殻などはこの目で見ることができました。他の天井画は全く見る余裕はありませんでした。
それにしても、礼拝堂内はものすごい人です。最近、人息によって絵画の劣化が進んでいるとの新聞報道がありましたが、それもうなづけます。近いうちにダ・ヴィンチの「最後の晩餐」同様に完全予約制になるかもしれません。

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ヴァチカン博物館の屋上からサン・ピエトロ大聖堂のドームを望む

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シスチーナ礼拝堂への通路

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天井画

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タペストリー

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<サンピエトロ大聖堂>
4世紀コンスタンティヌス帝の命により着工されたカトリク教の主聖堂。
16世紀に大改修が行われ、その後ミケランジェロ、ラファエロ、ベルニーニなどが着手し120年の歳月をかけて完成。

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内部もすばらしい
多くの巨匠の作品が見られます。

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ミケランジェロ23歳の時の作品「ピエタ像」

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ミケランジェロが手掛けた巨大なキューポラ

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ベルニーニ作のパルダッキーノ

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ラファエロの「キリストの変容」

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<サンピエトロ広場>
広場の中心にあるオベリスクとサン・ピエトロ大聖堂

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広場を取り巻く大柱廊(柱は2列になっています)

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この基石の上から見ると、大柱廊の柱が全て重なって後ろの柱が見えなくなります

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サン・ピエトロ大聖堂に入るのもものすごい行列です
大柱廊と背後は教皇の居室

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衛兵はスイスの傭兵

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  1. 2010/11/20(土) 23:10:54|
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イタリア紀行

【第5日目(11月7日)】
今日は3日目に予定していて行けなかったナポリ市内観光をした後、今回の旅行の最大の目的の一つであるカプリ島の「青の洞窟」の観光です。そして、カプリ島で昼食後、ナポリに戻り、ローマに移動です。

【ナポリ市内観光】
ナポリ歴史地区は6番目の世界遺産です。
ナポリ海岸周辺の卵城、サンタ・ルチア港、ヌォーボ城、サン・カルロ劇場、ウンベルトⅠ世のギャレリア、王宮などを観光しました。

<卵城>
卵城は、サンタルチア港の傍らの小島に作られた要塞である。もともとはローマ帝国にルクルスが建築した豪華な別荘であった。
11世紀にノルマン人のオートヴィル家がナポリを支配すると、要塞として機能を拡大した。ノルマン人がこの城を築くにあたって、基礎の中に卵を埋め込み、「卵が割れるとき、城はおろか、ナポリにまで危機が迫るだろう」と呪文をかけたことが城の名前の由来と言われている。

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<サンタ・ルチア港>
ナポリ民謡でおなじみの港。かっては漁港でしたが、今はヨットハーバーとなっています。付近は豪華な高級ホテルが立ち並んでいます。

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<ヌオーヴォ城>
ヌオーヴォ城は「新しい(Nuovo)城」を意味し、卵城と区別するために命名された。別名アンジュー砦とも呼ばれる。13世紀にアンジュー家出身のナポリ王カルロ1世が、フランスのアンジェ城をモデルに建築したといわれている。15世紀にアラゴン家のアルフォンソ1世が再建した王家の住居。
今は市立博物館になっています。

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<サン・カルロ劇場>
ナポリに劇場があることを望んだブルボン朝ナポリ王国の初代王カルロによって建造された。
1737年に開場したイタリア三大劇場の一つ。劇場としてはヨーロッパで現役最古のものである。
王宮の傍に建てられています。

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<ウンベルトⅠ世のギャレリア>
サン・カルロ劇場の前に建てられています。

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内部のアーケードとモザイクが素晴らしい。

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<ナポリの街並み>
高速艇から見たナポリの街並みはきれいです。王宮が正面に見え、山上にはサンテルモ城が望まれる。

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<レンガ造りの倉庫>
港のレンガ造りの倉庫は素晴らしく、きれいです。

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【カプリ島 青の洞窟】

「青の洞窟」は今の時期は入れる確率が低くなっているため、入れるかどうか心配しながらナポリ港を出発しました。ちなみに前日は終日閉鎖されていたとか。
そして今日もナポリ モーロ・ベヴェレッロ港を出発する9時半の段階では閉鎖されているようです。高速艇で50分でカプリ島に到着。幸運なことに少し前から「青の洞窟」は開いたとか。急いで洞窟前まで行く小型船に乗り換える。洞窟に入る直前で閉じられてしまった事もあるそうです。洞窟前でさらに小さなボートに乗り換え、「青の洞窟」に入ることができました。神秘的な海水の青色が非常にきれいでした。
私たちがカプリ島の港に帰った時にはまた洞窟は閉じられてしまいました。そして、翌日は天気が悪く終日閉じられていたとか。ほんの2,3時間の開かれたときに入れたようです。

高速艇でカプリ島 マリーナ・グランデ港に到着。カプリ島は観光とリゾートの島です。

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この小さな船に乗り換えて「青の洞窟」へ

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洞窟の手前でさらに小さな手漕ぎボートに乗り換えます。乗客は3、4人

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岸壁に開いた狭い入口から、船に伏せるようにして入ります。
少し水面が上がるともう入れなくなります。旅行日程を考える時は小潮でが狙い目です。そして干潮の時間にあたるように。風雨は選べませんので、運任せですが。

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神秘的な青色の水
この洞窟は古代ローマ時代にはすでに見つけられていたそうです。狭い入口からの太陽光の屈折で海水が深い青色を呈します。

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青の洞窟を観光後、ケーブルカーで島の上に上がります。
そこからの眺めも素晴らしい。

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カプリ島で昼食です。
カプリ風ラピオリ  魚はカジキマグロだそうです。(ウエイターがシェフに聞きに行って日本語で答えた、本当かな?)

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ワインは今日も地ワインの”キャンティーン(白)”で ヴェスヴィオ山の図柄が目印

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【ローマへ】
ナポリに戻り、ローマに移動です。距離約225km 3時間30分の予定です。

ホテルはイタリア到着時のホテルです。バスタブが無く、シャワーのみ。

今回は夕食もホテルで。

メインディッシュはミラノ風カツレツ。草鞋のようなカツです。添えられていた、焼ポテトがおいしかった。

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  1. 2010/11/19(金) 21:22:21|
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イタリア紀行

【第4日(11月6日)午後】
アマルフィ海岸から紅葉と柿が鈴なりの山を抜け、高速道路を通ってポンペイの町に。

まず昼食です。昼はボンゴレスパゲティです。
魚介類が入っているはずですが、殻だけで実がなかった。右は白身魚

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左のケーキは甘さがなく今一つの味    今日は暑く、地ビールがおいしかった。
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<ポンペイ>
昼食後、5番目の世界遺産、ポンペイ遺跡を見学しました。

紀元79年8月24日、ヴェスヴィオ火山の大噴火により南麓の町ポンペイは火山灰の下に埋もれてしまいました。町は紀元前8世紀~7世紀からの歴史をもち、ワインと油の輸出で潤いローマの商業地、別荘地として栄えていました。噴火直前の人口は1万とも2万ともいわれ、約2000人が犠牲になったそうで、古代都市の発掘が始まったのは18世紀半ばとなります。碁盤の目のような街路に神殿や浴場や住宅が整然と立ち並んでいます。

ポンペイのポスター

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遺跡への入り口 マリーナ門(海側の町の門)より入ります

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アポロ神殿

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立派な石柱が並びます

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フォロ(公共広場)は長方形の広場で政治、経済、宗教の中心地でした。
その北にはゼウスの神殿が建てられています。ヴェスヴィオ火山が背景にそびえます。ここから火山灰が飛んで来たのです。

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公衆浴場も立派です。

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街中の道は石畳でできており、両側に住宅が並びます。

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邸宅の床に描かれていたアレキサンダー大王のペルシャ戦記のモザイクのレプリカ
本物はナポリの考古学博物館に保管されています。

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各家庭では色々な壁画が描かれていました。色が鮮明に残っています。

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大劇場
今でもここでライブなどが催されています。

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剣闘士の兵舎
ここの広場で剣闘士たちが訓練していたそうです。そのそばに部屋があります。剣闘士たちはほとんどが噴火で逃げ遅れたとか。

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ポンペイ遺跡を1時間半ほど見学した後、ナポリに帰り夕食です。
夕食はナポリ発祥のピッツアマルゲリータで一杯

前菜の野菜はぶった切りが無造作に盛られています。ピッツァはおいしかった。

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ワインはヴェスヴィオ山麓で作られる地ワインの”キャンティーン(Cantine)”、おいしかった!。

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  1. 2010/11/18(木) 21:47:22|
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【第4日(11月6日)】
今日はアマルフィ海岸のドライブです。道が狭いためいつもの大型バスでは入ることができず、小さなバスでホテルを出発します。ソレント半島の海岸沿いの曲がりくねった道を走り、世界で最も美しい海岸線の一つと言われるアマルフィ海岸の素晴らしい眺望を楽しみました。その後、ヴェスヴィオ火山の噴火によって埋もれ、時が止まったポンペイの古代都市を探索した後、ナポリに帰り夕食、そしてホテルへ。今日はナポリで連泊です。

<ソレント>
ナポリからの高速道路を分かれてソレント半島の狭い道に入ります。ナポリ湾の向こうにヴェスヴィオ山が望まれます。

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ソレントの町は切り立った崖の上に広がります。「帰れソレント」の歌で知られた町です。山の斜面にはレモンやオレンジの畑が広がっています。
風光明媚なリゾート地となっています。

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<ポジターノ>
4番目の世界遺産 アマルフィ海岸沿いのポジターノは入り江を望む緑の斜面に、折り重なるように建てられた家並みがきれいな街です。エメラルド色の海に緑の山、白壁の家並みが地中海の町の特徴を見せています。
ポジターノは9~11世紀にはアマルフィ共和国の一部となり、16~17世紀には東西を結ぶ交易で栄えました。現在は有名人の人気の保養地となっています。
織田裕二主演の映画『アマルフィ』のロケ地にもなりました。眼下に見える海岸で、織田裕二と天海祐希の二人が会うフィナーレとなったとか。

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<アマルフィ>
アマルフィは10~11世紀にはヴェネツィア、ピサ、ジェノヴァと並ぶ海運共和国として栄えました。切り立った断崖にへばりつくように家並みが建てられています。道が狭く、週末は車は大渋滞することでしょう。
最近、日本でもテレビなどで盛んに紹介されるようになり観光客も増えているようです。

ドゥオーモはかっての栄華をしのばせる素晴らしい建物です

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断崖にへばりつくように建てられた家々
車はもちろん、歩くことも困難ような道です。

アマルフィ


メインストリートも石畳で狭い

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路地はさらに狭くなります。人が通るのもやっとの広さ

アマルフィ


快晴の天気で暑くなり、アイスクリームがおいしかった。イタリアでは席に座ると席料を採られます。

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  1. 2010/11/17(水) 23:34:14|
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イタリア紀行

【第3日(11月5日)】
朝アルベロベッロを探索した後、75km離れたマテーラへ。マテーラを観光後、昼食。その後、250km(約4時間)高速道を走りナポリに。ナポリの考古学博物館を鑑賞した後、夕食、ホテルに入りました。

【アルベロベッロ】
2番目に見る世界遺産。アルベロベッロとは「美しい木」という意味だそうです。トゥルッリと呼ばれるとんがり帽子のような円錐形の屋根と白い壁の民家が密集した美しい景色です。15世紀ごろから造られだしたようで、屋根はこの地域で採れる石灰岩の薄手の石を積み重ねて造られています。

朝霧が出て、霞んでいますが、メルヘンチックな美しい風景です。

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細い道の両側にトゥルッリが並びます。

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町の中心にはサン・アントニオ教会が。

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ホテルの朝、美しい鳴き声が聞こえます。よく見ると、コマドリです。ヨーロッパコマドリのようです。
その後もイタリアではよく見かけました。

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ホテルへの道に私鉄の踏切があります。踏切が閉まっていますがいくら待っても列車が来ません。5分ほど待ってやっと、やってきました。単線なので通過するとすぐ開くかと思いきや、一向に開かない。なんと、その先の駅で待ち合わせして、5分ほどして反対方向の列車がやってきました。10分間ほど踏切は開きませんでした。このような悠長な状況でも誰も文句を言わないのでしょう。イタリアも結構悠長な国だなと思いました。

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【マテーラ】
3番目の世界遺産。カルスト地形の谷間に連なる洞窟住居群「サッシ」で名高い町です。洞窟住居は先史時代から造られていたようです。洞窟の上に各戸が家を重ねるように造られています。
キリストの生涯を題材にした”パッション”という映画のロケもここで行われたようです。
そして、先日NHKの”ダーウインが来た”でヒメチョウゲンボウが夏にアフリカ方面からやってきて子育てをすると放映されていました。残念ながら今の時期はいないようでした。

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岩窟教会

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先史時代から洞窟が造られていたカルスト地形

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サン フランチェスコ・ダッシジ教会
1230年創建、1670年に再建された教会。バロック様式のファサードが美しい。

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洞窟住居の中の洞穴は暗い。住みづらい事でしょう。街中には車も入りにくい。唯一の車道は川を埋めて造られた道だけです。

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ここで、昼食です。

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【ナポリ】
17時ごろにナポリに到着。もう暗くなっている。

<鳥の大群>
ナポリの街中に入ると、空を黒くするような鳥の大群が舞っていました。ムクドリでしょうか。よく分かりません。

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<ゴミの山>
街中いたるところにゴミが山積みされています。ゴミ処分場の問題がまだ続いているのでしょうか。生ごみが臭くないのでしょうか。でも、カラスや猫がゴミ袋をあさるような光景は見られませんでした。

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<国立考古学博物館>
ポンペイやエルコラーノ遺跡を中心に、ローマ時代の膨大な発掘品を収納している。

博物館

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正面の階段

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壁画や彫刻が陳列されている。

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<ナポリの夕食>

前菜のトマトとモッツァレラチーズ、ナスの焼き物
 
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主食はスパゲッティ

  1. 2010/11/16(火) 23:16:31|
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イタリア紀行

昨日、14日にイタリアから無事に帰ってきました。写真はパチパチと4200枚ほど写してきました。整理するのに一苦労しています。

イタリアの11月は雨の多い季節ですが、幸いに雨にあったのは2日ぐらいで、運よく天候には恵まれました。そして念願のダ・ヴィンチの「最後の晩餐」をじっくり鑑賞することができました。そして、カプリ島の「青の洞窟」もわずかのチャンスで入ることができました。朝は閉鎖されていて、着いた少し前から入れるようになったとか、そして、出てきてすぐにまた閉鎖されてしまったようです。前日も翌日も終日閉鎖されていたようで、わずか数時間の開いたチャンスに入ることができました。この上ない幸運に恵まれたようです。ひとえに日ごろの行いの良さが認められたのでしょうか(そんなことないか)。

これから当分、イタリア紀行を載せていきたいと思います。
ツアーは総勢32名、ほとんどがシルバー世代、若く、元気な女性添乗員に連れられて、世界遺産14個を巡ってきました。北から南までかなりの強行軍のツアーとなりました。

【第1日(11月3日)】
関空からアムステルダムを乗り継いでローマに入りました。
飛行機に計14時間半ほど乗りました。西行は偏西風に逆行するので時間がかかります。
ヨーロッパ(EU)への入国審査はアムステルダム空港で行われます。審査のおばさんがやかましかった。パスポートもトレイにポンと投げ込んでX線検査器の中へ、どこかに行ってしまいそう。
今回はスーツケースも全員無事にローマに着いて一安心です。

【第2日目(11月4日)】 
これからイタリア旅行が始まります。全て専用バスで走り回りました。今日の行程は、ローマから約200km
(3時間の予定)高速道路を走ってカゼルタに入り最初の世界遺産「カゼルタの王宮」を見物。昼食後、約325km離れたアルベロベッロへ4時間走りました。ホテルに入るともう真っ暗。

<ストの洗礼>
旅行の第一歩からイタリアの恒例のストに巻き込まれてしまいました。
ローマから高速道を走り、カゼルタで下りた時に大渋滞に巻き込まれました。なんと、無警告ストで道路が閉鎖されてしまっているようです。警察は沢山きていますが、見守るだけで取り締まりはしません。日本では考えられません。巻き込まれた車の運転手も怒るこることもなく見守るだけです。ここではよくあることなのでしょうか。我々は、バスから降りて歩いて王宮に行くしかありませんでした。

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カゼルタ王宮を見物し、昼食の後、やっと道路の閉鎖は中止されたようで、車も動きだしました。5時間以上はストで道路を閉鎖していたようです。バスで高速に出るときにデモに出会いました。

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【カゼルタ 王宮】
王宮は、1752年にナポリ王国 スペイン系ブルボン家のカルロス7世によって建設がはじめられました。しかし、カルロス7世は1759年にスペイン王位(カルロス3世)に就き、三男フェルディナンド4世に引き継がれ1780年に建設されました。フランスのヴェルサイユ宮殿を参考にしたバロック様式の宮殿です。
オーストリアのハプスブルグ家 マリア・テレジアの娘のマリア・カロリーナ(マリー・アントワネットの姉)が居住していた宮殿でもあります。

<王宮正面>
ベルサイユやシェーンブルン宮殿よりは少し見劣りするかな。

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<王宮入り口の階段>

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<宮殿内部>
素晴らしい芸術品の数々が見られました。

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部屋ごとに素晴らしい天井画が描かれています。

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絵画も作者は分かりませんが素晴らしい。

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彫刻も

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王の座は簡素ですが、壁はきらびやかです。

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子供(王子)の遊び道具

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<庭園>

広大な庭園もヴェルサイユ宮殿を模しています。背後に人工滝を配しています。時間がなくそこまで行くことはできません。

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【アルベロベッロ 夕食】
トゥルッリ(円錐形の屋根を持つ家)の中での食事です。

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夕食は、オレキエッテ(耳たぶ型パスタ)とソーセージでした。

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  1. 2010/11/15(月) 21:53:16|
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カワセミ

北国の京都は今日もすっきりした晴れ空にはなりませんでした。朝方は少し日が差していたようですが、すぐに曇り空となってしまい、寒い北風が吹く一日でした。夕方頃からきれいな夕日が出ていましたが。

今日も撮影は休みでした。
明日から14日までイタリアに行ってきます。今の時期、イタリヤは雨が多いようですが。ブログもそれまで休ませていただきます。


今日はカワセミの日ごろは出てこない画面です。

<カマキリとにらめっこ>
カワセミ君向こうへ行ってよ! ぼくは食べられないよ。
しかし、カマキリはどうやってこんなところにやって来たのでしょうか。

カワセミ


<ふん飛ばし競争>
なかなかタイミングが合いません。

カワセミ


<ペレット吐き>
ペレットを吐いた後は餌捕りとなります。

カワセミ


首を振って

カワセミ


吐き出します。ペレットが空中を飛んでいます。
アー、すっきりした!

カワセミ


<身震い>
どうしてこのような格好になっているのかよく分かりません。
羽根の水を振り落としているのか。しかし、カワセミはこんな恰好はしませんが。

カワセミ

  1. 2010/11/02(火) 18:26:50|
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ヤマトシジミ

今日から11月入りです。今年も残り2ヶ月となってしまいました。年賀はがきも今日から発売です。暮が近づいているようで、あわただしくなってくる感があります。

京都は北国、日本海側の気候に左右されます。
天気予報では近畿地方は曇りのち晴れ、日本海側は雨のち曇りで、今日は天気は回復するかなと期待していたのですが、朝から雨の天気。昼ごろから雨も上がりましたが、曇り空は晴れず。やっと今、夕方になって日が出てきたようです。夕焼けとなっています。やはりここは日本海側なのです。

今日も撮影はお休みで旅行準備です。気候が暑いのか、寒いのかよく分かりません。今は、最高気温で20℃ぐらいとこちらと変わらないようですが、最高気温が10℃ぐらいになる可能性もあるとか。どちらにも対応できるように衣装をそろえると、段々と荷物が多くなってしまいます。

添乗員から旅行の確認の電話があり、ダビンチ「最後の晩餐」が見られそうです。それが第一の目的でしたので楽しい旅になることでしょう。


今日も備蓄の画像でお茶を濁します。

ヤマトシジミの交尾シーンです。

メスの所にオスがやってきました。

ヤマトシジミ


右から、左からと交尾を促していますが、なかなかうまくいきません。

ヤマトシジミ

ヤマトシジミ


やっと交尾に成功のようです。

ヤマトシジミ


花にぶら下がっていましたが、最後には落ちてしまいました。後は草の陰で見えませんでした。

ヤマトシジミ
  1. 2010/11/01(月) 17:10:20|
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